「毎日3時間、メールに取られています」
ご相談を受けたとき、最初にそう伺いました。1日に届く受発注メールは10通から30通。数だけ聞くと、3時間は長すぎるように感じます。1通あたり6分から18分。読むだけならそんなにかかりません。
つまり、180分は「メールを読む時間」ではなかったということです。ここを取り違えると、対策のかけどころを間違えます。
先にこの記事の結論を書きます。AIが引き受けたのは要点の抽出と、返信の下書きまで。発送内容の確定と最終承認は、いまも人が行っています。それでも180分が30分になりました。減ったのは判断の時間ではなく、判断にたどり着くまでの時間だったからです。
180分の正体
担当されていたのは、他の業務と兼務の方が1名。その方が毎日していたことを分解すると、こうなります。
3時間の多くは、読む時間でも入力する時間でもなく、散らばった情報を突き合わせて、発送内容を確定させるまでの時間でした。しかも兼務なので、他の仕事の合間に何度も中断が入ります。中断のたびに「どこまでやったか」を思い出すところからやり直しになる。この積み重ねが効いていました。
だから「メールの自動振り分け」だけを入れても、たいして減りません。こうした症状と原因の取り違えは、AI導入が失敗する5つの落とし穴でも触れた通り、よくある入り口です。
任せた範囲と、残した工程
導入したのは、特別なシステムではありません。生成AIサービスと、メール側にもともとある機能、それに簡単なスクリプトの組み合わせです。
そのうえで、線をはっきり引きました。
- AIに任せた — メール本文から必要な要点を抜き出すこと。返信の下書きを作ること
- 人に残した — 最終的な承認と判断。とくに発送内容の確定
この線引きは、生成AIとの距離感を整理した記事で書いた「下書きまで任せて、判断は人」という原則そのままです。受発注は間違えたときの影響が大きい業務なので、なおさらここは動かせません。
結果として、担当の方の作業は「ゼロから読んで、拾って、転記する」から「整理されたものを見て、正しいか判断する」に変わりました。中断からの復帰も速くなりました。目の前に、途中まで形になったものが残っているからです。
最初の2週間、時間は減らなかった
ここが、いちばん正直に書いておきたい部分です。
導入してすぐ180分が30分になったわけではありません。移行にかかったのは約2週間。その間、時間はほとんど減りませんでした。理由は二つあります。
つまずき① 自動化された部分が、信じられない
AIが抽出した内容を見ても、担当の方は結局ゼロから元のメールを読み直して確認していました。当然です。間違っていたら自分の責任になる業務で、いきなり信用しろというほうが無理があります。
結果、しばらくは「AIが処理する時間」+「人が全部やり直す時間」の二重になります。ここで「やっぱり使えない」と判断してやめてしまう会社は多いのですが、この期間は失敗ではなく、必要な期間です。
抜け出せたのは、確認の仕方を変えたからでした。全部を読み直すのではなく、間違えたら影響が大きい項目だけを見る。数量、納期、届け先。そこが合っていることを何度か確かめると、それ以外を毎回精読する必要はないと分かってきます。信用は、宣言ではなく回数で作られました。
つまずき② 返信の文面が、AIっぽい
もう一つは、もっと分かりやすい問題です。AIが作った返信の下書きが、いかにもAIの文章だった。丁寧すぎたり、説明が長かったり、その会社の普段の言い回しと違ったり。取引先に出すものなので、これは直さないわけにいきません。
対処は単純で、実際に過去に送っていた文面を渡して、それに寄せてもらうことでした。ゼロから「自然な文章を書いて」と頼むより、手本があるほうが早く近づきます。それでも最後は人が目を通します。
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30分に、何が残ったか
2週間を越えると、数字が動きました。いま残っている30分の中身は、判断と承認、それに微修正です。目視での最終確認は、いまも省いていません。取りこぼしはほとんど起きていませんが、それは確認をやめていないからでもあります。
浮いた150分が何に使われているか。ここがこの事例のいちばん良いところだと思っています。
- これまで時間が取れなかった数字の分析
- お客様満足度を上げるための活動
削った時間をそのまま「余裕」にするのではなく、やりたかったのにできていなかったほうへ回している。小さな会社にとって、これは人を増やすのに近い効果があります。
もうひとつ書いておきたいのは、社内の受け止め方が変わったことです。導入前、現場には抵抗がありました。実際に動くものが目の前で回りはじめて、はじめて歓迎されました。順番が逆にはならない、ということだと思います。
再現するとしたら、何が要るか
この事例で必要だったものを、あらためて並べます。
逆に、必要なかったものもあります。新しい基幹システムへの入れ替え、専任の担当者、大がかりな初期投資。この事例ではどれも使っていません。導入にいくらかかるかの考え方はAI導入の費用を4つに分けた記事にまとめています。とくに「条件02」の社内工数は、そこで書いた見えにくいコストそのものです。
それから、導入前にお客様がいちばん心配されていたのはセキュリティでした。「取引先の情報をAIに渡して大丈夫なのか」。当然の懸念で、ここは先に線を引いてから進めています。考え方は入れていい情報・ダメな情報の記事に整理しました。
同じことをすれば同じ結果になる、とは言えません。扱う情報の性質、メールの書式のばらつき、担当者の人数、既存の手順の整い方で変わります。この記事は「180分が30分になる」という約束ではなく、ある会社で実際に何が起きたかの記録として読んでください。
グローカルワークスは創業から20年、100社を超える企業の業務改善に伴走し、AI導入支援に限っても20社を超えます。いまある業務のどこに一手を入れると軽くなるか、そこから一緒に決めます。福岡・九州はもちろん、オンラインでも対応します。
よくある質問
受発注メールの処理をAIに任せると、注文の取りこぼしは起きませんか?
この事例では、取りこぼしはほとんど起きていません。ただしそれはAIが完璧だからではなく、人が目視で最終確認する工程を残しているためです。AIに任せているのは要点の抽出と返信の下書きまでで、発送内容の確定と承認は人が行います。取りこぼしが致命的になる業務ほど、確認工程を省かない設計にしてください。
どれくらいの期間と手間で導入できますか?
この事例では約2週間で、先方の担当者の稼働は週30分程度でした。ただし業務の複雑さ、扱う情報の性質、既存の手順の整い方によって変わるため、同じ期間で同じ結果が出ると保証するものではありません。導入時に見落とされやすいのは、この社内側の時間です。外部への支払いより、社内で慣れるまでの時間のほうが総コストに効くことがあります。
顧客名や取引先の情報をAIに渡すことになりませんか?
受発注メールには取引先名や担当者名が含まれるため、そのまま外部サービスに渡してよいかは事前に線引きが必要です。この事例でも、導入前にお客様が最も心配されたのはセキュリティ面でした。入れてよい情報とそうでない情報を決め、使うサービスの学習利用の設定を確認したうえで進めています。
3時間を、30分に。
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