「新しい商品を載せるのに、5日かかります」
最初に伺ったのはこの一言でした。楽天市場を中心にECを運営されていて、月に15〜20商品を掲載しています。ところが内訳を出してもらうと、話が変わりました。実際に手を動かしている時間は1商品あたり4〜5時間。残りの4日以上は、何もしていない時間でした。
先に結論を書きます。この事例で削れたのは作業時間ではなく、待ち時間です。撮影日の調整待ち、承認待ち、他業務の合間。5日はその積み重ねでした。AIが引き受けたのは文章とデータの整備だけで、撮影も、最終確認も、公開ボタンも人のままです。
5日の内訳
担当は2名。どちらも兼務で、店舗スタッフの方が撮影と採寸、事務スタッフの方が説明文と登録です。1商品が公開されるまでの流れはこうなります。
足すと5日。ですが作業時間だけを足すと、撮影2時間・採寸1時間・説明文2時間・設定0.5時間で4〜5時間にしかなりません。この5日は、作業の重さではなく手が空くのを待つ時間でできていました。ここを取り違えて「作業を速くする道具」を入れても、リードタイムは動きません。AI導入が失敗する5つの落とし穴で書いた、症状と原因の取り違えと同じ形です。
何を任せ、何を残したか
使ったのは、生成AI(ChatGPTとClaude)、CanvaのAI機能と簡単なPhotoshopの処理、それにGASの組み合わせです。GASにはスプレッドシートから登録用CSVを自動生成させました。特別なシステムは入れていません。
そのうえで、線を引きました。
- AIに任せた — 素材・サイズ・特徴からの説明文の下書き、キャッチコピー案(3案出して選ぶ)、カテゴリとタグの提案、採寸表の整形
- 人に残した — 実物の撮影、文章の校正と店舗のトーン調整、価格と在庫の最終確認、公開前の目視チェック
意外に思われるかもしれませんが、画像はAIの対象に含めませんでした。撮影は人のままで、加工もリサイズと背景調整を最低限やるだけ。AIは文章とデータの整備に特化させています。
実際、移行の途中で引き返したものが2つあります。ひとつは画像の自動背景除去で、精度が安定せず人の作業に戻しました。もうひとつはキャッチコピーの完全自動公開で、ブランドイメージを守るため「3案出させて、選ぶのは人」という形に戻しています。やめる判断ができたことのほうが、実は効いています。全部を任せようとすると、精度の低い部分に引きずられて全体が止まるからです。
この「どこまで任せるか」の考え方は、下書きまでを任せる距離感の記事と同じです。
2ヶ月半かかった。最初の2週間は、むしろ遅くなった
0.5日で回るまで約2ヶ月半かかっています。最初の1ヶ月はテスト運用、残り1ヶ月半で本格移行。社内の稼働は週6〜8時間ほどでした。
つまずき① 文章が「冷たい」と言われた
AIが書いた説明文を見て、店長が「なんだか冷たい、機械っぽい」と感じました。結果、最初の2週間はほぼ全件を手直しすることになり、かえって時間がかかっています。
これは受発注メールの事例と同じです。あちらでも導入直後の2週間、返信文面が「AIっぽい」ために時間が減りませんでした。業種が変わっても、最初の2週間はだいたい同じことが起きます。
抜け出せたのは、店舗のトーン調整を人の工程として固定したからでした。全部を書き直すのではなく、整った下書きに店の言葉を乗せる。そう決めると、手直しは全件の作業ではなくなります。この判断が、のちの権限委譲にもつながります。
つまずき② カテゴリの提案が、たまにズレる
楽天のカテゴリ提案が時々ズレて雑貨が衣料に入ってしまうことがありました。ECでは分類ミスが露出に直結します。最初は「AIを信じきれず二重チェック」が習慣になりましたが、ここも間違えたら影響が大きい項目だけを見る形に絞って抜けています。
「うちのEC運営だと、どこから手をつけると効きそうか」。まずは自社の現在地からで構いません。60秒のAI成熟度診断は無料です。設問6つに答えると、どこから始めるとよさそうかの方向が見えてきます。
いちばん効いたのは、AIではなかった
5日のうち最も長かったのは、工程05の社内チェックでした。店長と経理の2名が順番に確認するため、朝に提出しても翌日まで返ってこないことが常態化していました。ここが1日です。
それがいまは実質15〜30分です。チェックの「質」と「量」の両方を変えました。
いまは担当者が下書きを軽く直した時点で、店長がスマホで5〜10分確認すれば公開できます。
ここは正直に書いておきたいところです。この変化を起こしたのは、AIの機能ではありません。誰にどこまで任せるかという、組織の決めごとです。ツールを入れただけでは、承認が翌日に返ってくる状態は変わりませんでした。
ただし順序があります。下書きの品質が安定したから、権限を委譲できた。ばらついたままで権限だけ渡していれば、おそらく事故が起きています。AIが土台を作り、その上で組織側が判断を移した。両輪だった、という言い方が正確です。
裏を返せば、AIを入れても承認フローを触らなければリードタイムは動きません。5日の内訳を書き出す価値はここにあります。手を入れるべき場所が、ツールの外にあると分かるからです。
0.5日の中身と、増えた掲載点数
残った0.5日、およそ4時間の内訳です。
- 撮影 2時間 — ここは変わっていません
- 説明文の軽微な修正とトーン調整 1時間
- 価格・在庫の確認と最終公開 1時間
お気づきの通り、作業時間は4〜5時間から4時間へ、1時間ほど減っただけです。5日が0.5日になった差の大半は、前章の承認待ちをはじめとする「待ち」が消えたことで説明がつきます。
変化は時間だけではありません。
- 掲載点数が月15〜20商品から25〜30商品へ、およそ1.5倍に
- 店舗スタッフの残業が週2〜3時間減
- 浮いた時間は「売れ筋の追加撮影」と「レビュー返信」へ
- サイズ表記のミスなどの誤記がほぼゼロに
品質について、店長は「文章のクオリティが安定した」と話しています。突出して良くなったというより平均点が上がった感覚だそうです。返品率や問い合わせ数に目立った変化はまだないものの、「説明がわかりやすくなった」というレビューが増えたとのことでした。現場も、導入前は「本当に大丈夫?」と半信半疑だったのが、2ヶ月後には事務スタッフの方が「もう前のやり方に戻れない」と話すようになったそうです。
先に決めておけばよかった、たった一つのこと
振り返って何が要だったかを伺うと、答えは一つでした。「AIに任せる範囲」と「人が必ず見る範囲」を、最初に線引きしておくこと。曖昧なままでは、結局すべてをチェックすることになります。
なお、導入前にいちばん心配されていたのは商品情報をAIに渡してよいかでした。判断基準は入れていい情報・ダメな情報の記事に、社内で週6〜8時間かかる見えにくい費用については費用を4つに分けた記事にまとめています。
同じことをすれば同じ結果になる、とは言えません。取扱商材、撮影体制、承認の流れ、既存の手順の整い方で変わります。この記事は「5日が0.5日になる」という約束ではなく、ある会社で実際に何が起きたかの記録として読んでください。
グローカルワークスは創業から20年、100社を超える企業の業務改善に伴走してきました。AI導入支援に限っても20社を超えます。いまある業務のどこに一手を入れると軽くなるか、そこから一緒に決めます。福岡・九州はもちろん、オンラインでも対応します。
よくある質問
商品の情報を外部のAIサービスに渡すことになりませんか?
この事例でも、導入前にお客様が最初に心配されたのはそこでした。実際に渡しているのは素材・サイズ・特徴といった、いずれ商品ページで公開する情報です。取引条件や原価のような公開しない情報は渡さない線引きをしてから進めています。使うサービスが入力内容を学習に使う設定になっていないかの確認も、着手前に済ませる項目です。
画像の加工もAIに任せられますか?
この事例では任せていません。移行の途中で画像の自動背景除去を試しましたが、精度が安定せず人の作業に戻しました。撮影も人のままです。結果としてAIは文章とデータの整備に特化させています。何でも任せるより、精度が安定する範囲だけを任せたほうが全体としては速くなることがあります。
どれくらいの期間と手間がかかりましたか?
この事例では約2ヶ月半でした。最初の1ヶ月はテスト運用で、残り1.5ヶ月で本格移行しています。社内の担当者の稼働は週6〜8時間程度。見積書に現れない項目ですが、この社内側の時間が確保できないと途中で止まります。業務の複雑さや既存の手順の整い方で変わるため、同じ期間で同じ結果が出ると保証するものではありません。
5日を、半日に。
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